あなたは、何もないはずの場所に、
“何か”を感じたことはありますか?
私は先日、そんな体験をしました。
伊勢神宮へ行ってきた
もともと私は、神社に興味がない人でした。
でも登山を始めてから、山に行く機会が増え、
山の中や麓のあちこちで
小さなお社や神社仏閣を目にするようになりました。
さらにここ数年、合気道を学ぶ中で、
開祖である植芝盛平の思想や、
武道の精神の中にある
“神道的な感覚”に触れる機会も増えていました。
目に入るということは、
どこかで気になっているということでもあります。
そう考えると、
いろんなことが一つの流れでつながっているように感じてきました。
いわゆる「シンクロニシティ」と呼ばれるものかもしれません。
そんな流れの中でふと、
「じゃあ本丸に行ってみよう」
と思い立ち、伊勢神宮へ行ってきました。
伊勢神宮で感じた、“何もないのに満ちている空間”
浜松を午前3時に出発し、
5時過ぎには到着。
外宮は正直、「へぇ〜ここかー」という感じでしたが、
内宮に入った瞬間、空気が変わった感覚がありました。
うまく言葉にはできませんが、
「あぁ、これが“神聖”という感覚なのか」
そんな印象でした。
「余白」にある“何か”
特に印象に残ったのは、
“何もない空間”でした。
伊勢神宮では、式年遷宮(しきねんせんぐう)といって、
一定の周期で社殿を建て替えるため、
隣に「次に建てるための空き地」が用意されています。
つまり、そこには本当に“何もない”
ただの空き地です。
でも、
その「何もない場所」に、
なぜか強い存在感を感じたんです。
何も置かれていない。
形もない。
それなのに、
そこだけ“満ちている”ような感覚。
不思議なことに、
隣にある実際の社殿よりも、
その空間の方が“何かがある”ように感じる瞬間がありました。
正直、何かはわかりません。
でも直感的に、
「あぁ、そういうことか」
と腑に落ちた感覚がありました。
なぜか断捨離開始
この体験は、私の中でかなり強いインパクトとして残りました。
そして帰宅後、
なぜか猛烈に断捨離を始めることになります。
実はその前から、
お客様との会話の中で
- 親の遺品整理が大変だった
- 病気をきっかけに整理を始めた
といった話を聞く機会があり、
どこかで自分の中にも
「身の回りを軽くしたい」
という感覚があったんだと思います。
思っていた以上に“余白がなかった”
いざ断捨離を始めてみると、
自分では「物は少ない方」と思っていたのに、
現実は全然違いました。
サーフボード4枚、ウェットスーツ6着、
靴12足、カバン10個、ダウン6着 etc…
体は一つなのに「なぜこんなに同じものが?」笑
そこから一気に手放していき、
最終的にはベッドまで手放してしまいました。
「余白」ができると、流れが変わる
物が半分以下になった頃、
不思議と感じたのは、
空間だけでなく、
頭の中までスッキリしているという感覚でした。
「余白」ができると、
自然と新しいエネルギーが流れ始める。
まさに伊勢神宮で感じた
あの空間が、そのまま家の中に再現されたような感覚でした。
あなたの中にも「余白」をつくる
もし今、
- 頭の中がごちゃごちゃしている
- 何か始めたいのに動けない
そんな感覚があるとしたら、
まずは“物理的な余白”をつくってみてください。
モノを減らす。
空間を空ける。
それだけで、
自然と心にもスペースが生まれます。
新しいものが入ってくるのは、
“空いている場所”があるところ。
伊勢神宮のあの空間のように、
あなたの中にも「余白」というスペースをつくってみてください。
最後に
何もない場所にこそ、
エネルギーがあるのかもしれません。
そしてその余白に、
今のあなたに必要なものが、
静かに入ってくるのだと思います。
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